原発事故があった「チェルノブイリ」では人が普通に働いている




調べて驚いた「チェルノブイリ」に関する3つの真実に関するまとめです。

福島第一原発事故の今後を考えるためにも現在のチェルノブイリがどうなっているのかが非常に注目されています。
出典 これが12年後の双葉郡?チェルノブイリから4キロの町の12年後を撮した映画『プリピャチ』[映画で考える311] | greenz.jp グリーンズ

チェルノブイリ事故が起きたのは1986年の4月。
出典 チェルノブイリ原発事故から25年が経過したウクライナの今。 | SAMURAI BACKPACKER PROJECT サムライバックパッカー 〜世界一周プロジェクト〜

事故が起こった当時、チェルノブイリは5号炉、6号炉が建設中であってこれが完成すると世界最大の原発になる予定であった ・ そしてここはスリーマイル島事故の後、最も安全な原子炉と呼ばれていた
出典 インターネットで やさしく ご紹介

まだ、行方不明者がいた

事故が発生したチェルノブイリ原発4号炉には1名の行方不明者がおり、27年が経過した現在も発見されておらず、彼の墓が原発内に建てられている
出典 【チェルノブイリ取材】知られざる事実 / チェルノブイリ原発の最深部に作られた「行方不明者1名」の墓 | ロケットニュース24

職員によると、彼の名はワレリー・ホデムチュクさん。いま現在も行方不明で、彼はメルトダウンした原発のなかでいまも眠っているとのこと。しかし線量が高いため、長居できないという。
出典 【チェルノブイリ取材】知られざる事実 / チェルノブイリ原発の最深部に作られた「行方不明者1名」の墓 | ロケットニュース24


Tomb inside the Chernobyl nuclear power plant / チェルノブイリ原発内にある墓

避難所の建設が迅速に行われた


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チェルノブイリ事故後、今でも原発を中心として半径30キロ圏内は居住立入禁止区域となっていて、それを通称ゾーンと呼んでいる
出典 チェルノブイリ原発事故から25年が経過したウクライナの今。 | SAMURAI BACKPACKER PROJECT サムライバックパッカー 〜世界一周プロジェクト〜

原発から50キロほど離れた場所に森林を伐採してスラヴィティチという町が建設されている。
出典 チェルノブイリ廃炉の教訓、日本人初の研修 渥美組の舟戸氏に聞く :日本経済新聞

ウクライナは事故からわずか4か月後、原子力発電所の50キロ東に新しい街の建設を決定し、事故後2年たらずで、その「夢の街」を完成させて、速やかに住民を移住させたのだという。
出典 【正論】評論家・木元教子 チェルノブイリとの違いに学べ+(3/4ページ) – MSN産経ニュース

チェルノブイリで働く人がいる


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人口約2万5000人でほとんどが原発で働いている人とその家族だ。
出典 チェルノブイリ廃炉の教訓、日本人初の研修 渥美組の舟戸氏に聞く :日本経済新聞

スラヴィティチについて

驚いたのは原発敷地内でも線量が低いことだ。常時線量計を携帯し記録したが、敷地内で毎時0.08~0.12マイクロシーベルトくらい。徹底的に除染したようだ。
出典 チェルノブイリ廃炉の教訓、日本人初の研修 渥美組の舟戸氏に聞く :日本経済新聞

チェルノブイリで働いている人たちの表情は明るい。ALARAの原則を徹底すれば『(危険を顧みない)ヒーロー(英雄)は要らない』とも聞かされた。
出典 チェルノブイリ廃炉の教訓、日本人初の研修 渥美組の舟戸氏に聞く :日本経済新聞

ALARA(as low as reasonably achievable)とは「合理的に実行可能な限り低く」という意味で放射線防護の考え方の原則

プリピャチ~放射能警戒区域に住む人びと~ [DVD]
チェルノブイリ原発事故から12年。「死のゾーン」と呼ばれる立入禁止区域で生きる人々をとらえたドキュメンタリー。
1998年の撮影当時、3号機は依然として稼働中であり(2000年まで稼動)、環境研究所では植物や動物に対する放射能の影響が研究されている。
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出典 www.amazon.co.jp

「行方不明者がまだいて、墓に花が添えられていること」「事故後4ヶ月で避難都市の建設決定、2年足らずで完成させたこと」「事故現場で普通に働いている人がいるがいること」は新鮮な事実でした。福島では30~40年以上かかるとされる廃炉作業がこれから本格化します。生活環境、条件は違えどチェルノブイリの教訓が活かされるような復興作業になることを願います。