私たちは今、伝説の試合「星稜VS箕島」再現を期待している




1979年の伝説の試合、星稜VS箕島。今夏、両校とも出場し話題を集めています。しかも…。

今なお語り継がれている伝説の試合、星稜VS箕島

1979年8月16日に阪神甲子園球場で行われた第61回全国高等学校野球選手権大会の3回戦における和歌山県代表・和歌山県立箕島高等学校(以下、箕島高校、箕島)対石川県代表・星稜高等学校(以下、星稜高校、星稜)の試合を指す。
出典 箕島対星稜延長18回 – Wikipedia

野球部は、1960年代後半から80年代にかけ、尾藤公監督の下、高校野球の強豪校として全国的に知られる存在
出典 和歌山県立箕島高等学校 – Wikipedia

箕島の尾藤監督は2011年3月6日、膀胱がんでお亡くなりになられています。

夏の甲子園で今も語り草になっている星陵×箕島戦、延長16回、死闘を締めくるはずのファルフライを追った加藤選手の転倒
出典 あの転倒が無かったら・・伝説は生まれなかった箕島×星陵-神戸っ子(かんべっこ)

からくも命拾いしたバッター森川選手が直後に何と同点ホームランを放ちました。
出典 『球児たちの延長戦 25年目の星稜対箕島』 – 磯輪日記

ゲームは引き分け再試合を目前にした18回裏、箕島がサヨナラ勝ち。3時間50分の大熱戦にとうとう終止符が打たれました。今でも「神様が創った試合」と言われる試合でした。
出典 『球児たちの延長戦 25年目の星稜対箕島』 – 磯輪日記


箕島対星稜 (第61回全国高等学校野球選手権大会3回戦)

不思議な巡り合わせを感じる今回の星稜と箕島

今回、箕島が甲子園を決めた翌日、星稜も地方大会を制すと、父の好敵手だった山下智茂さん(現名誉監督)に電話した。甲子園で「箕島-星稜」が再現するかもしれないが、尾藤監督は「戦いたい? うーん、半々ですね。母は『対戦しそう』と言っていますが」。
出典 時事ドットコム:「尾藤スマイル」再び=亡き名将の長男、甲子園へ−高校野球・箕島

星稜の1塁手加藤峻平の父は…
34年前の一戦に一塁手として出場。延長16回にファウルフライを転倒して捕れず、直後の同点弾を招くことになった悲劇の人だ。
http://p.tl/aXYb(スポニチ・アネックス)

加藤は敗れた当時の話も、野球のイロハも父から教わった。「家でも野球の話を聞いてもらい、庭でトスも上げてもらった。感謝しかない。甲子園で頑張りたい」と父と同じ舞台に立てることを心から喜んだ。
出典 星稜 箕島に続いた6年ぶりV “あの時の一塁手” 息子も一塁手に — スポニチ Sponichi Annex 野球

伝説の再現をみんなが期待している

松井秀喜氏(39)が、6年ぶりに夏の甲子園出場を決めた母校の星稜(石川)と因縁の深い明徳義塾(高知)、箕島(和歌山)との対決を熱望した。
出典 松井氏、星稜と“因縁”明徳か箕島との対戦熱望 (1/3ページ) – 野球 – SANSPO.COM(サンスポ)

松井を育てた79年当時の星稜監督山下智茂氏は

箕島の故尾藤公監督の長男、尾藤強(つよし)監督から「星稜と戦いたい」という電話をもらっていたという。山下さんは「甲子園で試合をやってほしい」と再戦を心待ちにしていた。
出典 時事ドットコム:箕島とまた戦いたい=高校野球

箕島対星稜延長18回 – Wikipedia
壮絶な試合の詳細が掲載されている

神様が創った試合―山下・星稜VS尾藤・箕島延長18回の真実
1979年8月16日、第61回全国高校野球選手権大会9日目第4試合、箕島(和歌山)対星陵(石川)戦は、延長18回の死闘の末、4対3で箕島が勝利した。「延長18回」の試合に関わった人たちを追ったドキュメント。
(Amazon商品の説明)

書籍にもなっています。
出典 www.amazon.co.jp

今回Twitter上でも恐らく「生」で79年の試合を見ていない人も「再現」を期待している様子でした。Youtubeやウィキペディアに伝説が残っているというのは良いことかもしれません。再現されることを願って、予習しておくのも甲子園の一つの楽しみ方ですね。